村人が勇者をめざすのは間違っているだろうか

~村人から勇者になるための物語~

個性なくても勇者になれる!

 

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こんにちわ!村人の「かふぇラッテ」です!呼びづらい人はラッテって読んでくださいね!

重~い腰をやっと上げてこれが初ブログです。不安と不安と不安しかないですが、とりあえず今は己の内の発信源として少しずづ愛されるブログにしていきたいです。

無個性な自分が嫌い

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ラッテは今の自分が嫌いです。何者でもないしスキルも輝かしい経歴もない。特に強いキャラ立ちでもない。お金もない。

ゲームで例えるなら、決まった一つのセリフや行動しかプログラムされていない「村人」のように…。

 

そんな自分が大っ嫌いです!

 

自分自身の狭い価値観だってのはわかります。その価値観を人に押し付けたりもしません。

 

よく「価値のない人間はいない」「自分の良さを分かってないだけ」「個性にとらわれすぎると疲れる、自分らしく」ということを言われます。

 

頭では分かってるのですけど、それでもどうしても何の力を持ってない自分が嫌いなんです。そういう部分に人1倍コンプレックスを感じやすいのです。

 

きっと「なりたい自分の理想」が高いからでしょう。今、誰かに自分が尊敬されたり感謝されてたりしても嬉しくない…って言ったら嘘ですけど満足できない…足りない。

 

ラッテは精神的にも未熟で、大人になりきれていない子供です。

「なりたい自分の理想」についてはまた機会があれば書き綴りたい。

 

とにかく「個性のない村人」な自分はどう説得されても大嫌いです。「自分にとっての成功」をつかむまでは。

人々に価値を与えて勇者へ

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芸能人や会社の社長、アーティストからyoutuberや人気ブロガーまで、大きな影響を与えている人達は皆、より沢山の人々に「価値」を与えています。

 

アインシュタインが「誰かのために生きてこそ、人生には価値がある」と言ってたり、昔大好きだった心理学者アドラーも「自分の言葉は他社貢献によって得られる」と残してます。

 

これはもう人間のDNAに組み込まれている承認欲求。家族でも友達、恋人でも「人のために何かをしてあげる」ことが生きがいだという話もよく聞くし事実だと思います。

 

ここでいう「勇者」とは何もないゼロに等しいラッテが、いずれ大きなことを成し遂げて自分と同じように「無個性な自分が嫌い」な人達の希望になること。

人生を諦めかけている人に再び火をともして一緒に歩むことです。

これから個人の時代がさらに加速する

 働き方改革や副業解禁。そしてフリーランス人口も年々徐々に増えつつあり、インターネットの発達で個人が己を武器に活躍できる時代に既になっています。

 

さらに今後も個人に対してのフォーカスが強くなると信じてます。会社の中に身を置くことで安泰に生きていける時代も終わりを迎えているのです。

 

組織の中でも個人の個性、スキル、仕事力が今以上に重要視されますし、個人同士が集まってプロジェクトを進めていくことも増えてくるでしょう。

 

様々な常識が変わりつつある今が個人が成功するにはチャンスとも言えますね。

では今後どのような「個性」が価値を生むのでしょう?

 

今自分の好きなことに狂うくらい熱狂していることがある「オタク」であることが新しい創造の根っこだと考えます。

 

好きで好きでたまらなくてその事柄にはとても詳しい。それも特に見つからないラッテはこのまま何も考えずに生きてたら、世の中から淘汰され死亡確定です。

 

何か夢中になれる趣味や習い事がある人ならばまずは今以上にそれを極めていきましょう。

ラッテと同じく「何もないよ~…」という人はとりあえずブログで発信活動でもやったらどうですか?(笑)あなたの「個性」を一緒に見つけ育ててていきましょう!

最後に・・

なんやかんやで初ブログでしたが無事書き終えることができてよかった。

ブログ開設してから書き始めるまで1週間かかってましたからね(笑)

今後のことは難しく考えても負のループに突入するだけなので、自分の書きたいことを書くスタンスでやっていこうかと思います。

 

何かの間違いでこのブログを読んでくださった方、これも縁ですね。この偶然に心から感謝です!

ではまたお会いしましょう!